ローオフィースの女性
12月 27th, 2011 by admin
俺は協議離婚をするために、友人に紹介された弁護士事務所を訪ねた。
丸の内線の四谷から歩いて二分と言う立地の良さのせいか、たぶん相当流行っていると思われ、立派な事務所だ。
エレベーターを降りると、ワンフロアー全てが“神野ローオフース”になっていた。ガラスのドアを開けると、受付のカウンターに若い女性がいた。
俺は名前と、約束の時間を告げると、ソファーで座って待つように言われた。
ほどなく、俺と同じくらいの年齢、アラサーの女性が現れて、いくつもある応接室のうちの一つに案内をされた。彼女は地味だがかなりの美人だった。
ここでも待つほどもなく五十前後と思われる、長身痩躯の男性が現れた。
「お待たせしました。私が神野です、まあお掛けください」といい、自分も向かい側の椅子に腰を降ろした。
そこに先程俺を案内をしてくれた女性が、コーヒーを運んできた。室内には、香ばしい香りが漂い、何となく緊張していた俺はホッとした気持ちになった。
神野弁護士は俺に「まあ、コーヒーを飲みながらということにしましょう」と言い、ブラックのまま旨そうに一口飲んだ。俺もつられてブラックで一口飲んだ。実に旨いコーヒーだ。「実に美味しいコーヒーですね」と言うと「ええ、先程の女性が一杯づつドリップで入れてくれるんです。そこいらの喫茶店よりもづうっと美味しいと私はおもっていますよ。良かったら、遠慮なく何杯でもどうぞ」と、笑って言う。
それから本題に入り、話しは三十分ぐらいで終わった。
そして神野弁護士は部屋の電話を使って、コーヒーをもう二杯持ってくるように言った。
その後、俺は離婚手続きに入り、何度か弁護士の事務所を訪ねることになった。
その度に、彼女が入れてくれたコーヒーを御馳走になることが、何となく楽しみになっていることに気づき、なんだか自分で自分が可笑しくなったものだった。
様々な手続きが終わり、俺は離婚が成立した。
そして、俺は苦い想い出を断ち切るために引っ越しをしたのだった。
新居は今まで住んでいた練馬から、中野に移した。地下鉄丸ノ内線の新中野から、徒歩五分と言う好条件の場所にある3LDKのマンションを買ったのだ。以前の練馬のマンションを売却した金額に、ちょっと足した金額で買えたのだった。ローンを組まず、現金で払ったので、気楽に過ごすことができる。
ある日の夜、仕事で遅くなった俺は夕食兼一杯飲むことにして、旨いと評判の寿司屋に入ることにした。
暖簾をくぐり、引き戸を開けると十時を過ぎているのに、店内はほぼ満員状態でカウンターは一番奥の席が空いているだけだった。
俺はそこに座ることにして、隣の女性に「すいません」と一言挨拶代りに声をかけて、座った。
頼んだビールを飲み、ふっと隣を見ると、女性と顔があって、お互いにびっくりした。
何と弁護士事務所の、あの女性だったのだ。俺は、苦い想い出をふっ切るために引っ越してきたことを、飲みながら彼女に話した。
それから、ちょくちょくあの寿司屋にいき、三回に一回は彼女と顔を合わせるようになった。
やがて、休日前などは、中野新橋近くにある洒落たBARに二人でいくようにもなった。
そんなこんなで離婚から、すでに一年が過ぎていた。
別に彼女と付きあうことを意識していたわけではないのだが、何となく彼女と会うと心が晴れ晴れとしてくる。
たぶん、このまま月日が流れていけば、俺は彼女と付きあっているだろうと思うこの頃だった。
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